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【トレード】経験

なんか色々と思うところがある今日この頃。

ブログもTwitterも気まぐれにしかやらない自分なので、たまに気が向いたときぐらいは続けてみますw

 

「経験」について書いてみたいなと。

 

実はこの「経験」がとっても大事なものでありながら、実はとても厄介なものだと感じている。

 

若手でよくありがちなこと。

ある相場のいい時期にたまたま入って、すんなり数字が伸びて、ポジション枠をどんどん増やしてもらい、「俺はイケる」と感じる。

そこまではいい。

勢いって大事なときもあるから。

でもね…「経験」が絶対的に不足していると、相場が変化し、閑散相場や下落相場に入ったときにそのポジション枠が諸刃の剣になってしまう。

1999年のITバブルや2005年の株ブームの頃にポッと出て稼げた若手によく見られたパターンだ。

ほとんどの子がその後数年で消えていった。

 

地力ってそんなに簡単に伸びるもんじゃない(ごく一部の天才は別にして)。

相場の需給、ファンダメンタルズ、参加者の変化、テクノロジーの変化…様々な変化の中で経験を積み、対応力をつけていく。

難しい相場で経験を積んだ若手の方が長く残れる場合が多いような気もしている(あくまで傾向としてそう感じている)。

 

ちょっと稼げたからと調子に乗ってしまうと、足元を簡単にすくわれる。

経験の足りなさを自覚し、常に謙虚に、真摯に相場と向き合い続けることがとても大切。

そんなとき、もしかすると「相場がおかしい」と感じるかもしれない。

その時点であなたが間違っている。

 

相場は常に正しい。

どんなに歪んでいたとしても。

どんなに悲惨な状況になったとしても。

 

その背景にある需給やファンダメンタルズ。

そういったものを見落としていたり、見えていないから負ける。

そこで「相場がおかしい」と言ってしまえば、それが見えるようになることはないだろう。

 

正確に言うのであれば、

「自分の少ない経験の中では見たことのない相場だ。どう対処すればいいかまだ分からない。」

であるべき。

そして対処する手段を見出すために、調べ、学び、自分を変えていく。

それが経験を積み上げていくプロセスではとても大事なこと。

 

ここまでは経験の大切さ。

でも経験は邪魔をすることも多々ある。

 

その最たるものが「成功体験」だと思っている。

大きく稼いだ後、調子を崩す。

大きく稼いだ後、そのやり方にこだわってしまう。

よくある傾向だ。

 

昨日のブログで書いたように「〇〇億円稼いだ」とかいう話。

それは嘘ではないだろう(そこで嘘つくようなのは話にならない)。

そういった方々から学ぶべきものは沢山ある。

でもおそらく今の相場で同じように稼げるかといえば、それは難しいからこそ立つ場所が変わっているのだろう。

それはもちろん自分自身もそうだ。

中途半端に現役にこだわるよりも、監督という立場で現役のために道を拓くことを選んだ理由の一つでもある。

 

本を出さないかと言われたとき。

「自分は稼げるテクニックとか手法的なことは伝えられないですよ。そもそも、かつて通用したやり方が通用するとは思っていない。陳腐化した手法を伝えてお金をもらうなんてしたくはない。だからもっと普遍的なものであったり、内面的なものであったり、そんなつまらないことしか書けないと思います(でも大事なことだと思ってはいる)。あと立場的に銘柄推奨は絶対できません。」

とお答えした。

 

昔も今も変わらないものもある。

相場格言や過去の相場師の言葉から学ぶべきことも沢山ある。

でもテクニック的なものは、かつてと今では大きく違う。

そもそも相場のインフラや環境自体が様変わりしているのだから。

 

かつて何十億か稼いだかもしれない。

でもそんなもんだ。

 

時代の変化。

相場環境の変化。

市場参加者の変化。

 

手サインで場立ちが活躍していた時代。

取引所端末でキーボードたたきながら、インプットの速さを競った時代。

呼値がもっと大きくて、一カイ二ヤリでも稼げた時代。

板の向こうに戦っている相手の感情や空気を読めた時代。

 

自分が現役ディーラーとして生きてきた時代はそんな時代だった。

それが2000年代に大きく変化していった。

 

かつて使えた手法が通じなくなる。

自分が大きく稼いできたアプローチが使えなくなる。

環境の変化に適応できなくなる。

それは年のせいというよりは、成功体験という経験が邪魔をして、かつてのやり方を捨てきれなくさせるためなのかなと思う。

その変化に合わせて自分を変化させる柔軟さ。

それを失わせてしまうのも経験なのかもしれない。

 

それはごく短期的な期間でも同じ。

ある時期に稼げた。

でもその背景にあった需給環境が大きく変化していく。

それなのにそれに適応できない。

 

日銀のETF買い。

かつては中央銀行がそんなことをするなんて禁じ手だったし、あっちゃいけないことだった。

お金を発行する中央銀行がどういった形であれ、株を買いリスク資産を膨張させる。

かつての常識からすればとんでもないことだ。

そして異常なレベルでその関与は深まり、市場を大きく歪めてしまった。

 

それが機能していた期間は下げるべきときに相場は下げなくなり、急落相場を得意としていた運用者はつぶされていった。

でも日銀のせいといってみても意味はない。

それがある前提で、自分のアプローチを修正することがプロの運用者には求められる。

でもそれを難しくさせるのも「急落相場で大きく稼いだ経験」だったりする。

 

一方で、その存在が当たり前の相場しか知らない若い運用者は、直近の下落相場なんかは対応が難しいだろう。

リスクに対しての経験がまだ少ないから。

 

あと付け加えるなら、

「博打的なリスクの取り方で大きく稼いだ」

「一発逆転狙いで救われた」

という経験をもっている運用者はとっても怖い。

 

たまたまそのときは運で救われたかもしれない。

でもそれは何度も続きはしない。

そんな勝負の仕方をしている時点で本当はアウトなのだけれど、その成功体験があるから、それでいいんだと思い込んでいる。

負けがこむと熱くなり、その感情のままにリスクを取る。

そしてその運が尽きたとき、その運用者の未来は閉ざされる。

本来、損失が出ているときは、自分が相場を見えていない、何か誤った判断をしているから負けている。

そういったときはリスクを抑制し、手が合うようになるまでしのぎながら相場と向き合い、修正していかなければならない。

その理由も見えていないままリスクを取り、一発逆転狙いを繰り返す。

それで救われたとしても、そいつは運(たまたま)でしかない。

それはもっとも危険な経験の一つだと思う。

 

こんな運用者にはお金を預けたくない。

投資家ならそう考えて当たり前だろう。

それをやるなら自分のお金でやりなさい。

 

様々な経験を積み、色んな相場を乗り越えてこそ得られる強さがある。

一方で、その経験が邪魔をして自分を変えることができなくなり、相場環境の変化に適応できなくさせることもある。

 

とても大切だけれど、とても厄介なもの。

それが「経験」なのかなと思う。

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プロフィール

tetsu219

Author:tetsu219
元証券ディーラーです。
二十数年ディーラーやって、シンガポールにも一時期行ってヘッジファンドを立ち上げてみたりと色々やってきて、とある証券会社でディーリング部長になり、今はシンガポールでヘッジファンドの設立・経営をやっています。

基本仕事ネタです。
更新は気が向いたときだけ(^^;
でもこのブログを通じて運用を志す若い世代の人たちに何か伝えられること、その一助になればと思っています。

初期は限定記事にしていましたが、今は開き直って全部公開にしてますのでお気軽に(笑)

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