【ビジネス】HFTについての取材
最近、少し落ち着いてきたと思ったら先日のNHKで変な時間に特集やっていた。
HFTを一括りにして「悪」と言い切ってしまうことはしてはいけないし、大きな間違いだ。それは理解不足、無知をさらけ出しているに過ぎない。
せめてHFTが主に行っている様々なストラテジーをある程度は理解したうえで考えるべきだ。フラッシュボーイズで主に問題視されたのは「先回り」。その主なストラテジーがレイテンシー・アービトラージといわれる手法。
すごく端的な説明になるけど、ある市場で大きな買い(売り)注文を察知したら同じ銘柄の他の市場の売り(買い)注文を先回りして買ってしまうやり方。彼らはそのためにそこら中の市場で撒き餌をしている(ごく小さな注文をばらまいている)。それはより高速な環境(ミリ秒からマイクロ秒までの世界)を持つHFTがそのレイテンシー・執行速度の格差を利用して行うもので、彼らの代表的なストラテジーの一つだ。
ただ数十のATS(日本でいうところのPTS)や取引所があり、ITSによる市場間回送を実現している全米市場システム(NMS)が機能している米国と、わずか二つのPTSとわずかな流動性しかないダークプール、そして出来高の90%以上がJPX(日本取引所)での約定に集中している日本とはそもそもの前提条件が違う。
そもそもレイテンシー・アービトラージの機会自体がかなり日本では少ないといえる。取引所のサーバーなどの物理的距離とその通信に要する時間格差も広い国土を持つ米国と比べたらごくわずかなものだ。
それでも確かに日本でもレイテンシーアービトラージは行われている。ゼロではないし、部下たちの売買を見守る中で、おそらくそれをやられたのだろうと感じる場面も何度か見てきた。
やられた側から見ればとても不快なのは確かだ。自分が買えていたはずの注文を他が先回りしてとられてしまうのだから。ズルいと感じてしまう気持ちも分からないでもない。やられる側の代表的な存在である地場ディーリングの部長である自分からみても嫌なものではある。
それでもレイテンシーアービトラージが是か非かは意見が分かれるところだろう。個人的には「しゃあないよなぁ」と思ってる。
だいぶ昔のこと。
取引所に立会場があり、場立ちがいた頃の話。
自分は研修でわずか二週間しかいなかったけれど、当時の場立ちの人達は大手証券のブースをよく見ていた。
市場への影響が大きい大口注文が入ることが多いから。
そして大手証券のブースからのハンドサインを見て大きな注文が入ると我先にとその銘柄に殺到して先回りしようとしていた。
これってアナログな世界だけれど、立派なレイテンシーアービトラージだと思う。
足の速いやつ、身体の大きいやつ、仲介業者と仲良いやつ。
そんな「環境優位性」が有効だった時代の話だ。
環境格差はどんな時代にもあった。
電話が発明されたとき、電話を持つ人はより速く優位な注文執行ができたのと同じだ。
同じ場所でランチをしながら「この銘柄は上がると思うんだよな。」と雑談していて、電話を持っている人はその銘柄への買い注文を相手より「先回り」して出せた。
環境優位性をズルいというのは感情としては理解できるが、それをHFT=悪とすりかえることだけはしてはいけない。
そもそも全ての市場参加者に完全に公平な環境を与えることは現実的には不可能なのだから。
もちろんレイテンシーアービトラージをされないような工夫をこちらとしてもしなければならない。
色んなアイデアを出しながら、最小限のコストでそのリスクを最小化していく。
それが部下たちを守るために自分がするべき戦いだ。
フラッシュ・クラッシュをみても分かるようにHFTに依存しきった市場は脆弱で危険だと思うが(当時の米国市場でのHFTの売買シェアは70%近くに達していた)、けっしてHFTを排除することが正しい道ではない。
HFTによって生じた様々な問題。
・取消比率の大幅な上昇(板の質の劣化)
・(板が消えることに対する)市場への不信感
こういったものをどう解消していくのか、どう歯止めをかけていくのかは論じる必要がある。
そしてHFTの中にも悪質なものはほぼ間違いなく存在する。
人間にもちゃんとしたやつもいれば悪さをするやつもいるのと同じように。HFTのストラテジーやプログラムは人間がコーディングしたものなのだから「悪意」は存在しえる。
最大の問題は、彼らの売買の全容を把握できる人が日本には誰もいないことだ。
やっている彼ら自身以外には。
米国では大口投資家を追跡できる環境がある。事後的にも発注・取消・訂正・約定を網羅してその売買の全容を把握することができる。
http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-477014.html
欧州はそういったものを持たないが、過剰な取消に対して課税するなどの規制強化を進めた。そして一定の抑止力を持つためにHFTを行う業者には当局への届出・登録などを義務付けている国もある。
日本はまだ議論が始まったばかり。
何も形にはなっていないし、取引所が課しているアクセス料はあまり意味をなしていない。
今後、人間が目視で認知することすら困難な速度で売買を行う彼らをどう監督し、悪質なものをどう発見し、排除していくのか?見つけたとしてもその意図を立証することはとても困難なはずだ。
人間が手動で行うものは容易に発見し、把握できるから捕まるが、彼らが同じことをしても全容を把握できないから捕まらない。
そんな風に感じている市場参加者は少なくない。
その不公平感こそがHFT=悪という見方が増えていく背景にあるように思う。
取引所や有識者の方も、「HFTは問題ない」とか「HFTはこういう効果をもっていて市場に貢献している」とか擁護するような論文を書くばかりではなく、しっかりと問題点や課題を論じてほしいと思う。
HFTが悪であるとか、問題ないとか、そんな議論はあまり意味を持たない。
健全な市場の発展を守るために、テクノロジーを駆使する彼らの存在は受け入れつつも、すでに当局や取引所の管理監督能力を上回る膨大な発注・取消・訂正・約定を複数の市場(一部は国をまたいで)を同時多発的に行う彼らの売買の健全性をどう維持させていくのか?
そして市場全体の多様性をどう守っていくか?
そういったことこそ議論されるべきだと思う。
HFTを一括りにして「悪」と言い切ってしまうことはしてはいけないし、大きな間違いだ。それは理解不足、無知をさらけ出しているに過ぎない。
せめてHFTが主に行っている様々なストラテジーをある程度は理解したうえで考えるべきだ。フラッシュボーイズで主に問題視されたのは「先回り」。その主なストラテジーがレイテンシー・アービトラージといわれる手法。
すごく端的な説明になるけど、ある市場で大きな買い(売り)注文を察知したら同じ銘柄の他の市場の売り(買い)注文を先回りして買ってしまうやり方。彼らはそのためにそこら中の市場で撒き餌をしている(ごく小さな注文をばらまいている)。それはより高速な環境(ミリ秒からマイクロ秒までの世界)を持つHFTがそのレイテンシー・執行速度の格差を利用して行うもので、彼らの代表的なストラテジーの一つだ。
ただ数十のATS(日本でいうところのPTS)や取引所があり、ITSによる市場間回送を実現している全米市場システム(NMS)が機能している米国と、わずか二つのPTSとわずかな流動性しかないダークプール、そして出来高の90%以上がJPX(日本取引所)での約定に集中している日本とはそもそもの前提条件が違う。
そもそもレイテンシー・アービトラージの機会自体がかなり日本では少ないといえる。取引所のサーバーなどの物理的距離とその通信に要する時間格差も広い国土を持つ米国と比べたらごくわずかなものだ。
それでも確かに日本でもレイテンシーアービトラージは行われている。ゼロではないし、部下たちの売買を見守る中で、おそらくそれをやられたのだろうと感じる場面も何度か見てきた。
やられた側から見ればとても不快なのは確かだ。自分が買えていたはずの注文を他が先回りしてとられてしまうのだから。ズルいと感じてしまう気持ちも分からないでもない。やられる側の代表的な存在である地場ディーリングの部長である自分からみても嫌なものではある。
それでもレイテンシーアービトラージが是か非かは意見が分かれるところだろう。個人的には「しゃあないよなぁ」と思ってる。
だいぶ昔のこと。
取引所に立会場があり、場立ちがいた頃の話。
自分は研修でわずか二週間しかいなかったけれど、当時の場立ちの人達は大手証券のブースをよく見ていた。
市場への影響が大きい大口注文が入ることが多いから。
そして大手証券のブースからのハンドサインを見て大きな注文が入ると我先にとその銘柄に殺到して先回りしようとしていた。
これってアナログな世界だけれど、立派なレイテンシーアービトラージだと思う。
足の速いやつ、身体の大きいやつ、仲介業者と仲良いやつ。
そんな「環境優位性」が有効だった時代の話だ。
環境格差はどんな時代にもあった。
電話が発明されたとき、電話を持つ人はより速く優位な注文執行ができたのと同じだ。
同じ場所でランチをしながら「この銘柄は上がると思うんだよな。」と雑談していて、電話を持っている人はその銘柄への買い注文を相手より「先回り」して出せた。
環境優位性をズルいというのは感情としては理解できるが、それをHFT=悪とすりかえることだけはしてはいけない。
そもそも全ての市場参加者に完全に公平な環境を与えることは現実的には不可能なのだから。
もちろんレイテンシーアービトラージをされないような工夫をこちらとしてもしなければならない。
色んなアイデアを出しながら、最小限のコストでそのリスクを最小化していく。
それが部下たちを守るために自分がするべき戦いだ。
フラッシュ・クラッシュをみても分かるようにHFTに依存しきった市場は脆弱で危険だと思うが(当時の米国市場でのHFTの売買シェアは70%近くに達していた)、けっしてHFTを排除することが正しい道ではない。
HFTによって生じた様々な問題。
・取消比率の大幅な上昇(板の質の劣化)
・(板が消えることに対する)市場への不信感
こういったものをどう解消していくのか、どう歯止めをかけていくのかは論じる必要がある。
そしてHFTの中にも悪質なものはほぼ間違いなく存在する。
人間にもちゃんとしたやつもいれば悪さをするやつもいるのと同じように。HFTのストラテジーやプログラムは人間がコーディングしたものなのだから「悪意」は存在しえる。
最大の問題は、彼らの売買の全容を把握できる人が日本には誰もいないことだ。
やっている彼ら自身以外には。
米国では大口投資家を追跡できる環境がある。事後的にも発注・取消・訂正・約定を網羅してその売買の全容を把握することができる。
http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-477014.html
欧州はそういったものを持たないが、過剰な取消に対して課税するなどの規制強化を進めた。そして一定の抑止力を持つためにHFTを行う業者には当局への届出・登録などを義務付けている国もある。
日本はまだ議論が始まったばかり。
何も形にはなっていないし、取引所が課しているアクセス料はあまり意味をなしていない。
今後、人間が目視で認知することすら困難な速度で売買を行う彼らをどう監督し、悪質なものをどう発見し、排除していくのか?見つけたとしてもその意図を立証することはとても困難なはずだ。
人間が手動で行うものは容易に発見し、把握できるから捕まるが、彼らが同じことをしても全容を把握できないから捕まらない。
そんな風に感じている市場参加者は少なくない。
その不公平感こそがHFT=悪という見方が増えていく背景にあるように思う。
取引所や有識者の方も、「HFTは問題ない」とか「HFTはこういう効果をもっていて市場に貢献している」とか擁護するような論文を書くばかりではなく、しっかりと問題点や課題を論じてほしいと思う。
HFTが悪であるとか、問題ないとか、そんな議論はあまり意味を持たない。
健全な市場の発展を守るために、テクノロジーを駆使する彼らの存在は受け入れつつも、すでに当局や取引所の管理監督能力を上回る膨大な発注・取消・訂正・約定を複数の市場(一部は国をまたいで)を同時多発的に行う彼らの売買の健全性をどう維持させていくのか?
そして市場全体の多様性をどう守っていくか?
そういったことこそ議論されるべきだと思う。