【ビジネス】稼ぎ方は一つじゃない
ディーラーという仕事は楽じゃない。
基本的には毎月プラスが求められるし、上げ相場でも下げ相場でも動かない相場でも勝たなければいけない。
当然、ロング(買い)オンリーではなかなかそれは実現できない。
売りも出来なければいけないし、デリバティブも時に必要になる。
株式市場での稼ぎ方は一つじゃない。
自分は今や現役引退した身どけど、今年の3月まで20年間ディーラーを続けてきた。
新入社員でいきなりディーラー。
スタートはオプションだった。
基本はショート・ガンマ戦略でセータを取りにいく運用をしていた。
必死にプログラム勉強して、数学勉強して、オプションのシミュレーターとか自分で作って運用をしていた。
阪神淡路大震災とベアリングス・ショックをショート・ガンマ戦略でありながらプラスで乗り切ったのが大きな自信になったな。
その後、新興市場中心に勉強した。
その頃は店頭市場と呼ばれていたが、新規公開銘柄などもフォローしていた。その頃にソフトバンクが新規公開した。
そして東証一部二部も含めて現物株ディーラーとして勉強し、その後は再度派生中心に。若手の頃だったから、上にアレをやれ、コレをやれとある意味言われるがままだった。
先物メインでやったのはこの頃が初めて。
自分は今どちらかといえば先物ディーラーとして見られているようだけど(笑)
そして一定の収益を上げられるようになり、チーフにも認めてもらえるようになってようやく好きなものをやれるようになった。
そして現物株中心にITバブルを迎える。
そこで実績を伸ばしていった。
ITバブル崩壊ではあのソフトバンクをたった千株買ってしまったために連日ストップ安を食らって4千万強やられたこともある(笑)
まぁそれでもこの頃は空売り規制とかも変なルールなかったからトータルでは全然プラスで乗り越えられたけど。
その頃からアウトライトだけではなく、ロングショートやオプションのストラテジー、先物、NTなんかを全部一人でこなすようになる。
一人でモニター数がどんどん増えて、伝票書きも追いつかなくなり専属のアシスタントをつけてもらっていた。
その後、空売り規制にアップティック・ルールなんていうものが導入され、下げ相場を現物株では勝負出来ないし、相場観に基づいた運用を思ったように出来なくなると判断して、そこから本格的に先物中心にシフトした。
そこからは基本的には先物ディーラーというレッテル通りに運用をしていた。
市場は制度、システム、規制、テクノロジー、商品、市場参加者などの変化によって変わる。
一生懸命伝票に打刻して、プリンターから打ち出される約定内容を手書きで伝票に書いていたあの頃。
誰がミリ秒、マイクロ秒、ナノ秒なんて目にも止まらぬ取引を想像しただろうか?
例えば昔公開されていた「手口」が非公開になっただけで収益が大きく変わったディーラーもいた。
最近では「呼値適正化」。
大型株中心にやっていたディーラーは慣れない中小型株にシフトして悪戦苦闘している。
今、全員と面談している最中なんだけど、あるディーラーから質問された。
「フェーズ3ってやるんですかね?」
それは彼の運用スタイルにとっては致命的になりかねないのだろう。
市場の変化にどう適応していくか?
稼ぎ方は一つじゃない。
どういう運用スタイルが今後効果的なのか?
それを見つけて自己変革していくしかない。
今はその手助けしかしてやれないけれど。
一人ひとりの後輩たちに「頑張れ!」という思いを持ちながら共に戦っていきたい。
基本的には毎月プラスが求められるし、上げ相場でも下げ相場でも動かない相場でも勝たなければいけない。
当然、ロング(買い)オンリーではなかなかそれは実現できない。
売りも出来なければいけないし、デリバティブも時に必要になる。
株式市場での稼ぎ方は一つじゃない。
自分は今や現役引退した身どけど、今年の3月まで20年間ディーラーを続けてきた。
新入社員でいきなりディーラー。
スタートはオプションだった。
基本はショート・ガンマ戦略でセータを取りにいく運用をしていた。
必死にプログラム勉強して、数学勉強して、オプションのシミュレーターとか自分で作って運用をしていた。
阪神淡路大震災とベアリングス・ショックをショート・ガンマ戦略でありながらプラスで乗り切ったのが大きな自信になったな。
その後、新興市場中心に勉強した。
その頃は店頭市場と呼ばれていたが、新規公開銘柄などもフォローしていた。その頃にソフトバンクが新規公開した。
そして東証一部二部も含めて現物株ディーラーとして勉強し、その後は再度派生中心に。若手の頃だったから、上にアレをやれ、コレをやれとある意味言われるがままだった。
先物メインでやったのはこの頃が初めて。
自分は今どちらかといえば先物ディーラーとして見られているようだけど(笑)
そして一定の収益を上げられるようになり、チーフにも認めてもらえるようになってようやく好きなものをやれるようになった。
そして現物株中心にITバブルを迎える。
そこで実績を伸ばしていった。
ITバブル崩壊ではあのソフトバンクをたった千株買ってしまったために連日ストップ安を食らって4千万強やられたこともある(笑)
まぁそれでもこの頃は空売り規制とかも変なルールなかったからトータルでは全然プラスで乗り越えられたけど。
その頃からアウトライトだけではなく、ロングショートやオプションのストラテジー、先物、NTなんかを全部一人でこなすようになる。
一人でモニター数がどんどん増えて、伝票書きも追いつかなくなり専属のアシスタントをつけてもらっていた。
その後、空売り規制にアップティック・ルールなんていうものが導入され、下げ相場を現物株では勝負出来ないし、相場観に基づいた運用を思ったように出来なくなると判断して、そこから本格的に先物中心にシフトした。
そこからは基本的には先物ディーラーというレッテル通りに運用をしていた。
市場は制度、システム、規制、テクノロジー、商品、市場参加者などの変化によって変わる。
一生懸命伝票に打刻して、プリンターから打ち出される約定内容を手書きで伝票に書いていたあの頃。
誰がミリ秒、マイクロ秒、ナノ秒なんて目にも止まらぬ取引を想像しただろうか?
例えば昔公開されていた「手口」が非公開になっただけで収益が大きく変わったディーラーもいた。
最近では「呼値適正化」。
大型株中心にやっていたディーラーは慣れない中小型株にシフトして悪戦苦闘している。
今、全員と面談している最中なんだけど、あるディーラーから質問された。
「フェーズ3ってやるんですかね?」
それは彼の運用スタイルにとっては致命的になりかねないのだろう。
市場の変化にどう適応していくか?
稼ぎ方は一つじゃない。
どういう運用スタイルが今後効果的なのか?
それを見つけて自己変革していくしかない。
今はその手助けしかしてやれないけれど。
一人ひとりの後輩たちに「頑張れ!」という思いを持ちながら共に戦っていきたい。