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【回想録】新人の頃④

オプションの売買は恐る恐るだが、着実に利益を出せるようになっていった。

ロットも小さいし、まだ大した収益ではないが、100万~200万程度の利益はコンスタントに出せる感じになりつつあった。



少なくともチーフの戦略の一翼を担い、信頼してもらえていることは幸せだったし、モチベーションも高かった。



一方で、ハードワークは続けた。

どれだけ勉強しても、満足することはなかった。

だって全然足りないから…。



そして初めての年末・年始を迎えた。



大発会の後だったかな。

会社内で部の飲み会が開かれた。



そのときに例の『お前ももって半年やな。』と言われた課長さんに声をかけられた。



課長:『先物・オプション課から出ているあの資料、お前が作っとるんだろ?』

オレ:『一応、ある程度は自分が作らせてもらってますが…。』

課長:『お前、オレの下で働かんか?』

オレ:『………。すいません、今、オプション取引に取り組ませてもらっていて、まだまだ勉強したいことがいっぱいあるので、今のまま続けさせていただきたいと思っています。』

課長:『そっか、それもそうやな。』



それで終わった話だと思っていた。



そして年が明けてほどなく、阪神淡路大震災が発生する。



自分のポジションはショート・ストラングル。

当然、株価の急落は大きな損失につながりかねないポジションだ。



朝、発生してから被害の状況が十分に把握できない。

すごく緊張していた。



ただ自分は機械的に動くことを言い聞かせていた。

相場の動き、チャート、いくつかのポイントでヘッジ・プランは決めてある。



日経平均株価がいくらになったら、コールを買い戻し、ニアのコールに乗り換える。またいくらになったら、先物でオーバーヘッジし、いくらになったらプットを踏むか。



確かに想定外の出来事だったが、ここがオプション・プレーヤーとしての自分の力量が問われる局面だ。



『必ず乗りきってみせる。』



そう思っていた。

震災当日はそれほど下がらなかった日経平均株価。

週明けに急落となる。

そして大幅な反発を経て、再度下げ始める。

そこにベアリングス・ショックが発生した。



普通にノー・プランであれば大きな損失が出てもおかしくはないところだった。

しかし、その局面で自分は自己最高の利益につなげることが出来た(決して金額は大した数字じゃないですよ(^^ゞ)。



一番、力が問われる局面で結果を出せた。

自分としても嬉しかったし、そして何よりチーフが喜んでくれた。



チーフ:『お前、よく乗り切ったな!』



オプション・ディーラーとして、自信を持てるようになり、相場が面白くてしょうがなくなり始めていた。





そんなときの水曜日の引け後(どうしても忘れられない日なので覚えています。)。

株式部長から



部長:『○○、ちょっといいかぁ?』



と呼ばれた。

部長の席の前に立つ。

ペーペーの自分が部長に直接呼ばれることなんてこれまでなかったから、『何だろう?』と思っていった。



部長:『お前、明日からコイツの下で働け。』



そこには例の課長が立っていた…。



断ったはずなのに…。

終わった話だと思っていたのに…。



部長の言い方はあまりにも軽く、少し反発しようとした自分に一方的に



部長:『何か文句あるのか?』



と言って話は終わった。



呆然として、自分の席に戻る。

チーフが気にかけてくれ、



チーフ:『何だった?』

オレ:『………。異動の話でした。』

チーフ:『え!?』



座っていたら、涙があふれてきた。

みんなの前で泣くわけにはいかない。

慌ててトイレに駆け込み、いっぱい泣いた。





泣き腫らした顔を洗い、席に戻ると、チーフが内線で例の課長と怒鳴り合っていた。

しかし、決定は覆らなかった。



当時、プログラムまで書けて、商品知識もある人材は貴重だった。

その課長はオレを評価してくれたのだろうが、それは自分のコマとして欲しいというものだった。

オレの気持ちや目標なんて気にもかけていなかった。



知らない間に人事や株式部のうえに手を回し、自分の上司であったチーフにも悟られずに話を進め、そしてそれはあまりにも突然に、あまりにも一方的に決定された。



人の何倍も努力していたと思う。

そして結果も出し始めていた。

プログラミングはオプションを売買するために必死で覚えたものなのに…それが自分の目指す道を奪っていった。



必死だった分、悔しかった。

所詮、オレなんてちっぽけなコマの一つに過ぎない。

会社とはそんなものなんだと思い知った。



『辞めたい。』



と思わなかったわけではない。

ただ希望する仕事をさせてくれないから辞めるということは出来なかった。



ずいぶん悩んだが、業界に知り合いもいない。

一から転職活動するにしても、オレみたいなひどい学歴で取ってくれる会社があるかどうかなんて分からない。

他社のことや業界のことを何にも知らなかった。

そしてそんなことを考える生活のゆとりもなかった。



悔しくて悔しくて気が変になりそうだったけど、配属された場所で頑張って認めてもらい、そしてもう一度ディーラーに戻してもらう…そう心に誓って、異動を受け入れた。

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プロフィール

tetsu219

Author:tetsu219
元証券ディーラーです。
二十数年ディーラーやって、シンガポールにも一時期行ってヘッジファンドを立ち上げてみたりと色々やってきて、とある証券会社でディーリング部長になり、今はシンガポールでヘッジファンドの設立・経営をやっています。

基本仕事ネタです。
更新は気が向いたときだけ(^^;
でもこのブログを通じて運用を志す若い世代の人たちに何か伝えられること、その一助になればと思っています。

初期は限定記事にしていましたが、今は開き直って全部公開にしてますのでお気軽に(笑)

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