【回想録】混迷のとき…14
その一件以降、直属の上司に対する不信感が強まっていた。
ただでさえ、ディーリング部を作るのが困難な状況。
ディーラーとは相容れない、真逆ともいえる企業文化。
運用資金は部を組成するにはあまりにも少なく、東証の会員権もないため、現物株ディーラーも呼べない。
中で育てていくしかない。
そう思い、適切な人材を回してもらうように頼んであった。
しかし、他部門から引っ張ってくるのは容易ではない。
そういうこともあってトレーディング本部内で一人こちらから指名をした。
朝から夜遅くまで黙々とFX関連の仕事をしていて、研究熱心だった彼。
しっかりとした指導と環境があれば伸びる子だと思った。
ディーラーになりたいというはっきりとした希望もあった。
本人も希望し、自分も彼を望んだ。
ところが…。
ある日、彼が異動の打診を受ける。
異動先は韓国。
何もないところに一人でいき、向こうの証券会社と協力してFX事業をやれとのこと。
しかも飲みの席で突然例の上司から打診されたらしい。
週末、彼は自分に電話をかけてきた。
インターネットで地場証券のホームページを見ながら…
『自分はこの会社を辞めます。ディーラーとしてどこか他で挑戦します。ただどういった証券がいいのか、ホームページだけでは分からないのでアドバイスをいただけませんか?』
色々と話してみたが決意は固い。
とても残念だった。
ただでさえ人材不足の状態。
彼を何とか育てていこうと思っていた矢先のことだった。
しかたなく彼に安易に動くなとだけ言い、自分が知っている中で最も人材育成に熱心で、しかも成功している会社の部長に相談した。
そして会ってもらった。
複雑な心境だった。
自分の下で育てたい人材。
しかし、思うようにいかない中で、上の思いつきの案件に振り回された結果、彼は辞めていこうとしている。
最初にいこうとしていた会社は3ヵ月で簡単にクビになる。
そんなのを何度かやってしまえば、彼の将来は閉ざされてしまう。
しっかりした環境で育って欲しかった。
悩んだ末に道を開いてやろうと決断した。
そのすぐ後の部店長会議。
例のごとく、上司は絞られまくっている。
そして、本人が辞めようとしていることすら知らず、韓国案件などで色々とやろうとしているんだと言い訳に近い弁明に追われていた。
いつものように隣で立ったまま、上司に合わせて申し訳ありませんと頭を下げる…つもりだったのだが、このときばかりは頭を下げる気にもならなかった。
『もういい加減にしろ』
と頭に来ていた。
上司が怒られているにも関わらず自分は座った。
その人がリーダーシップを取らない。
責任を取らない。
結果、トレーディング本部という船はガタガタになり、今にも沈もうとしていた。
ペコペコ頭下げてばかりで、アレやります、コレやりますとばかり言って、実務ではなにもしない。
だから部店長会議ではつるし上げになる。
そして部下が何人も辞めていこうとしている。
その部店長会議が終わった後…
ディーリング部に戻った自分にその上司が追いかけてきて声をかける。
『やっぱり彼(その若手)は部長のところにもっていこうと思うんだけど…』
自分はその時にキレた…。
上司を怒鳴りつけ、その会社で言うところの『追及』をしていた。
上下関係を恐ろしく重んじるその会社で、部下が上司を『追及』するのは珍しいことだったんじゃないかな(^_^;)
部店長会議後は、社長以下部店長全員で恒例の飲み会がある。
その時間が過ぎても自分は上司を怒っていた。
このままでは部下たちを守れない。
彼らの人生を思いつきや自分の都合で振り回すな。
自分が若手だった頃、望みもしない異動を申し渡され、どんなに努力してもディーラーへの復帰が叶わず、移籍せざるをえなかったことを思い出していた。
あなたが変わらなければ、この本部はいずれなくなる。
総務の人が何度か呼びに来たが、
『黙っててください』
『後にしてくれ』
社長が呼んでいるのは分かってはいたが、どうにも抑えられなかった。
そしてその頃、自分に来ていた一通のメール。
それはシンガポール在住の投資家から、ヘッジファンド立ち上げをやってみないかとの誘いだった。
そのときから自分の気持ちは一気にそちらに傾いていくこととなる。