【回想録】混迷のとき…9
テスト運用を開始して一週間が経過した頃。
それまでも一進一退を繰り返していた。
慣れない取引所端末で空振りの連続。
発注も指値変更も取り消しもそれまで使っていたIT社のものとは全然比べ物にならないほど面倒。
そして苦手なメジャーSQのロールオーバーの時期。
当初、想定していた通りの苦戦だった。
取ったり取られたり…。
ただその日はマーケットに振り回された。
結果、▲200万超の損失。
ま、しゃあない。
この程度なら何とでもなる。
▲6400万すら取り返してきた自分なのだから。
まずは端末操作に慣れることが最優先。
その過程で多少の苦戦は想定の範囲内。
…のはずだった。
ところが引け後に本部長が自分のところへ来て、妙な顔をしながら今日の損失について話してきた。
『すいません。ロスっちゃって。』
『うーん。まぁ出ちゃったもんはしょうがないんだけど、空気ってあるから…。』
『え…?』
正直、耳を疑った。
始める前にあれほど一定の苦戦は強いられると思うから自分に3ヶ月の時間をくれと言ってあったのに。
そしてその時は
『信頼しているから任せます』
と言っていたのに…。
スタート直後ということもあるから、その月の損失限度は▲1000万以内と決めていた。
にも関わらず、▲200万で口を出してきた。
しかも『空気を読め』と言う。
前項で書いたように、その『空気』は『損を出すな』としか映らなかった。
我々の仕事は損失と常に隣り合わせ。
リスクを取るからリターンが生まれる。
要はそのバランスがしっかりとコントロールされていれば、最終的には利益が残る。
ただ一切の損失を許容しないというならやれない。
たかが▲200万でアレコレ言われるのなら、それに見合うリターンしか望めない。
この人の『信頼』ってその程度のものなのか?
俺のレコードは全て見せてある。
月間で(2億超の利益もあるが)▲6400万の損失を出したことも隠さず伝えてある。
でも▲200万で『空気を読め』とは…。
しかも決めていた損失限度のはるか下の水準で。
正直、唖然とした。
何を言っているんだろうこの人は…。
その人も元ディーラーのはず。
多分、上から何か言われたのだろうが、ディーラーに対して会社の空気を読んでロスをコントロールしろとは…(-_-;)
そこからリズムが一気に崩れる。
ちょっとした評価損に耐えられなくなってしまった。
一時的には▲500万ぐらいまでいった。
▲1000万ぐらいまで覚悟していたはずなのに、わずかその半分の損失で胃が痛くなった。
前の会社では1日で数百万から、多い時で数千万単位で損益がブレていた。
一日で6000万以上稼いだこともある。
逆に一日で2000万以上損失を出したこともある。
そんな自分がプレッシャーの塊になっていた…。
家に帰り、一人の部屋で悔しくて怒鳴ったり、机叩いたり…。
苛立ちは頂点に達しつつあった。
一番苦しかったのは、損失許容度を見極められないこと。
底値で買って天井で売るしかない。
でもそんな芸当は到底無理。
自分の中にある経験や乗り越えてきた困難とは異質のプレッシャーがそこにはあった。
苦しみまくった売買開始最初の月。
それでも後半に巻き返し、最終日にプラスにして終ることが出来た。
自分でもビックリするほど、ホッとしていた。
その瞬間、ディーリング・ルーム(間仕切りだけの部屋だが)の扉が開く。
鬼軍曹が飛び込んできた。
『よくやった!よく乗り越えたな!』
自分の肩を叩いてくれた鬼軍曹。
その瞬間に自分が感じていたプレッシャーが大きく和らいだ。
この人は厳しい人だけど、信頼に足る人だ。
そして最初は敵視していたはずなのに、今そうやって共に喜んでくれる。
この人に応えたい。
正直、直接の上司である本部長を恨めしく思いながら、本来なら営業の取締役である鬼軍曹への信頼が強くなった一瞬だった。
これで何とか前に進める…。