【回想録】混迷のとき…4
ちょうどその頃。
ディーラーの飲み会から始まった『MarketDorum』が転換期を迎えつつあった。
参加人数が400名を超え、会場の確保ができなくなっていた。
大きな会場となるとホテルやホールを借りることになるが、予算が跳ね上がる。
安くても一人一万円はかかってくる。
自分たちの志は『若手の子たちに交流の場を作ってやりたい。』ということも強くあった。
そんな参加費では若手の子たちは参加できない。
一つの壁にぶつかっていた。
ある日、部下の一人に
『お前いくらなら自腹でも参加できる?』
『3500円が限界です。』
どうすれば一人3500円以下の参加費で400名以上を収容できるスペースを確保できるか?
参加者の制限は極力したくなかった。
主旨を理解し、支援してくれる人も増えていたし、楽しみにしてくれている人も増えていた。
後輩たちが会場探しを手伝ってくれて、ホールでも比較的安い場所を見つけてくれていた。それでも一人8000円~9000円程度はかかってくる。目標である3500円とこの格差をどうやって埋めていくか。
そこで業界関係の会社の方々に協賛をお願いしてみようと思い立った。
あんまり景気は良くないし、実際にお金を出してもらえるかどうか…正直、不安だった。
でもやれるだけやってみよう。
海外取引所の駐日代表の方が言ってくれた言葉が励みになっていた。
『この会はすごい。海外でもトレーダーの人が主体になって出来た集まりで、ここまで発展したものはない。大切にしていってほしい。』
知り合いの企業に片っ端から相談してみた。
証券情報会社、トレーディングシステム会社、取引所…。
証券関係者が多く集まるイベント。
そこで彼らにとってもビジネスにつながる可能性があるなら、多少の支援はしてもらえるかもしれない。
ただ証券業界自体が低迷しつつあった中だけに、無理な金額をお願いすることはできない。
必要最低限。参加費の格差を埋めるだけの金額。
そして出来るだけ薄く広く。
最初は渋られることが多かった。
でも支援の言葉をくれた海外取引所が最初に手を上げてくれた。
しかも予想以上の金額で。
その後、友人や知人が各社で働きかけてくれて、徐々に金額が集まっていった。
そしてその年の10月。
『Market Forum』は大手町サンケイプラザにその場所を移して開催された。
参加費は一人3000円。
参加人数は500名に上った。
最初はただのディーラー飲み会。
そこから人数が増え、仲間とともに幹事をするようになり、そしてさらに人数が増え、国内外の取引所や企業までが協賛してくれるイベントになった。
一人ではここまでできなかった。
でも応援してくれる人たちや一緒に頑張ってくれた幹事がいたからここまで出来た。
開催が暴落の日にあたり、幹事が自腹を切って差額を埋めなければならなかったこともある。
それでもみんな投げ出さずに一緒に盛り上げてくれた。
『Market Forum』は、自分に人の思いが一つになったときに出来ることの大きさを教えてくれた。
その後、NPO法人になり、600名まで拡大。
今の自分の課題は次の世代にその会を渡していくこと。
後輩たちには自分たちの世代のネットワークを作っていけよと言ってきた。
思えば…
『彼』との出会いも前身であるディーラー飲み会だった。
この会を通じて知り合った人たち。
その後、親しくなり、今の自分の人脈の中でとても大切な存在になっている人が多い。
つまらない風評に悩んだ時期もある。
でもこうやって応援してくれる人が毎年増えていったこと。
そしてそこで得た出会いが、参加者のみんなにとって今後の人生における何かにつながる。
初期の『Market Forum』で初めて出会った外資系の先輩。
初対面のときはエラクぶっきらぼうでビックリしたが、その後わざわざ時間を作って、何人もの人を紹介してくれた。
その人たちとの関係は今の自分を支えてくれている。
人とのつながり。
人と人が出会うことで、何かが生まれる。
友人関係であったり、ビジネスであったり…。
どんなに強い人でも一人で出来ることには限界がある。
人とのつながりを大切にしていきたい。