【回想録】育成のとき…2
『R』が入社したのは20日。
外務員資格が2~3日程度でおりるから、その月はトレードするにしてもわずか数日。
『すぐにやりたい』
という彼の気持ちも分かるから、すぐに始めることを止めはしなかった。
『最初は無理するなよ。システムなんかも不慣れなんだからならし運転で構わないから。』
と話したうえで。
席は自分の隣。
部長にお願いして自分の横に座らせることにした。
それだけしっかり見ていてやりたかったから…。
でもただの新人ではない。
外資系で数年の経験を持ち、プロップではなかったものの、それなりにマーケットで生きてきた『R』。
会社も期待していたし、最初からそれなりのポジション枠を付与してくれていた。
ロスカットは月間▲2000万円まで。
自分もイチイチ報告させるとか、指導するというより、基本は任せて要所要所でマーケットのことを話したり、彼が知らないことを伝えられれば…というぐらいに考えていた。
それが甘かった…。
売買を開始して4日後。
『R』はいきなりロスカット額▲2000万に達してしまった。
正直…『え!?』とあまりに想定外の状況に驚いていた。
外資系で大きな金額でやっていたから、そういう感覚のままやってしまったのだろうか?
あまりに短い期間であったし、トレード内容の提出などはさせずに任せる方針でいたから、何がどうしてそうなってしまったのか自分には把握できていなかった。
まぁ、自己運用は初めてだし、緊張もし、慣れない環境でそういったこともある。
俺だって合併直後の会社で初日に▲1000万の損失を出したこともあるし…(^_^;)
そう切り替えて翌月。
『焦らずにいけよ。取り返そうなんて思わなくていい。まずは今月をプラスで終わることが出来ればいいんだから。』
と話してスタート。
自分もさすがに気にするようにはしていたが、場中にアレコレ言うのはできないから、そこは部長に任せた。
その月が始まって一週間ぐらいだったかな?
部長に相談された。
『R』が流動性の薄い銘柄でエライ大きくポジション取っているとのこと。
今は評価益が出ているが、心配でしょうがない…とのことだった。
『ま、評価益が出ているならあまりアレコレ言わない方がいいんじゃないですか?さすがに本人も分かっているでしょう。』
そう答えたが、部長は心配で本人に話したようだった。
少しポジションを落としてほしいと。
しかし、部長の心配は少し遅かったようだ。
翌日にはすでに損失が出ていた。
板を見る限り投げるに投げれない状態…。
結果、また大きな損が出てしまい、まだ2週間以上残した状況でトレード・ストップ。
部長に言われたことや損失が続いたことで『R』は苛立っていた。
明らかに心配な状態だった。
何故、そんなにテンパっているのか…。
とりあえず話をしなければ…。
そして飲みながら色々と話してみると…。
1000万以上あったはずの貯金は既に使い果たしてしまっていた。
そして住んでいる家が家賃20万円以上なのに基本給は20万円しかない。
そういうことか…。
とりあえず月々の生活を何とか出来るようにしなければならない。
金を貸すことは避けたかった。
そこで自分が(会社の許可をもらって)やっていた某金融情報会社のコラムを少し手伝わせることにした。
そしてその収入の9割を彼に渡す形で同社との再契約をしてもらった。
これで生活はなんとかなるはず…だった。
あとは本人の焦りやいら立ちを切り替えさせなければならない。
そこで自分も有給を取ってシンガポールに連れて行くことにした。
向こうの友人たちを紹介したりしながら
『いつか自分もヘッジファンドを立ち上げたい。そういうチャレンジをしたいと思っているんだ…。』
そんな夢を語りながら、将来のための第一歩なんだから焦るなよと伝えたかった。
夢を持てれば、今の苦境にも耐えてくれるんじゃないかと思ったから。
そして本人も気分転換になったのだろうか?
少し明るい表情になり、いつか自分も一緒にそういうチャレンジをしたいと言ってくれた。
そして翌月を迎える前に、同じ失敗を繰り返させないためにいくつかの約束をさせた。
ポジション枠を会社に減らされるとあとで戻すのが難しくなる。
だから自分でテーブルを作らせた。
いくら儲かるまではこの金額でやる。
そしてそれを超えたらここまで増やす。
そんな段階式のテーブルだ。
それを自分で決めさせることで、『R』の意思を尊重し、そのうえでそれを会社に提出して自分がみるからもう少し様子を見てやって欲しいとお願いするつもりだった。
そしてもう一つ。
わずか二か月(実働は一ヶ月)で『R』が出した損失は▲4000万ほど。
それを自分が背負うつもりでいた。
そして『彼』も一緒に背負ってもいいと言ってくれていた。
自分と『彼』の手取りは1000万単位で減ることになるが、それもしゃあないだろう、と。
それを二人で部長に申し出た。
しかし、他にも損失を出しているディーラーはいる。
何故、『R』だけがそんな形で守られるのか?
そこに対する説明がつかないという理由で、それは断られた。
会社や部長は、そこまで我々に負担させるべきではないとの思いやりだったのかもしれない。
それだけ自分も悩み、自分自身のトレードより『R』のトレードが心配だった。
自分の1000万の利益より、『R』の数十万の利益の方が嬉しかった。
そして自分だけではなく、『彼』や『R』の友人も含めて、みんなで彼を諭し、励まし、3ヶ月目を迎えることになった。