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【回想録】崩壊のとき…3

ITバブル崩壊はそうやって訪れた。

ガラガラと音を立てるように市場は崩落していく。

それでもボラティリティはあったし、売りから入ることも出来たから、ある程度の収益は維持出来ていた。

どちらかといえば、短期運用主体の自分にとっては「悪い相場」ではなかった。

光通信やソフトバンクが連日連夜ストップ安をつけるなど、最初の頃は「また切り返すだろう」とタカをくくっていた市場は徐々にパニックの度合いを強めていった。

自分も一度エライ目にあった。それも一番お世話になってきた銘柄で。

ソフトバンク。記憶の範囲だが、確か二日連続ストップ安。そして三日目のザラ場で寄り付いた。それを買いにいった。打診のつもりで、たった千株だったが、十万円台だったから金額はそれなり。

同じこと考えていたヤツが多かったのだろう。寄り付いてからスルスルと戻り始めた。

「ヨシ!」

と思った瞬間。爆弾が降ってきた。大口の売り。一瞬にして景色は変わり、売り気配に。そしてストップ安。

翌日から、朝方成り行き千株売りをだすのが日課になった。

ストップ安すると1000万円の損失。それが4日間続いた。引けのストップ安で値段がつくと100株ぐらいは売れるのだが、委託優先(お客さんに優先的に振り分ける)。

毎日1000万円の損失が確定している状態は結構キツかったf^_^;)

そうやってソフトバンクは自分にとって忘れられない銘柄になった。ひと銘柄での最大利益、最大損失ともにこいつは未だに自分のレコードに君臨している。

ちなみに携帯もソフトバンクだ…。

それでも光通信で引っかかった人よりはマシかな。コイツは20日連続ストップ安という恐ろしい記録を打ち立てたのだから。

そんな厳しい環境だったが、それでもその月はプラスで終われた。ソフトバンクひと銘柄で4500万ぐらい損失が出ても。

市場にはボラティリティがあったし、売りから入ることも出来たから。

収益は落ち込みはしたものの、月2000万程度は稼げていた。

その頃から「若手」ではなく、「エース」だの「柱」だの周囲が言い始めた。

当の本人は必死でそれどころじゃなかったんだけど…。自分がいたチームは独立し、金融情報会社を立ち上げて、既に会社にはいなかった。

そんな頃にその会社に合併話が持ち上がった。ようやく一人でもやっていく自信がつき始めた頃だった。

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ITバブル、懐かしいですね。

確かCSKの公募から崩れ始めた様に記憶しています。

光通信、400株ですが見事に捕まりました。

SBの空売り比例配分でこの損失の約3分の1ぐらいをヘッジできたのを思い出します。

無題

懐かしいですよね。

昔を懐かしんでも始まらないんでしょうが、あの頃はドキドキ、ワクワク。今はイライラ…。

またドキドキワクワクしたいものです。
プロフィール

tetsu219

Author:tetsu219
元証券ディーラーです。
二十数年ディーラーやって、シンガポールにも一時期行ってヘッジファンドを立ち上げてみたりと色々やってきて、とある証券会社でディーリング部長になり、今はシンガポールでヘッジファンドの設立・経営をやっています。

基本仕事ネタです。
更新は気が向いたときだけ(^^;
でもこのブログを通じて運用を志す若い世代の人たちに何か伝えられること、その一助になればと思っています。

初期は限定記事にしていましたが、今は開き直って全部公開にしてますのでお気軽に(笑)

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