【マーケット】裁定売り残に関する考察・問い合わせ多いのでオマケ
なんかこの件でちょいちょい質問をいただくので…
自分は相場解説者でもないし、あくまでも個人的見解ですので、その前提で読んでくださいね。
まさか業界関係者で、「日経平均先物-日経平均株価がマイナスだから逆ザヤ」なんていう人はいないと思うけれど、念のため。先物には「理論価格」というものがあって、単純に先物価格と原資産との価格差で安いか高いかは判断できないことは、最低限知っておいてください。
「先物の理論価格=原資産+金利コストー配当収入(現物株のキャリーコスト)」
という最低限の知識だけは持っていた方がいい。
確かに理論価格でみても、
「逆ザヤになりやすい」
のは確かなんだろうけど、裁定売りをバンバン出来るかどうかって結構微妙なんだよね。
(Bloombergより)
裁定売り→逆ザヤ解消になるものがなかなかならない。
つまり裁定売りが場中にバンバン出ている状況ではないから、逆ザヤがなかなか解消しないともいえる。なぜか。
まず「コスト」。
裁定売りをやるためには、先物を買い、現物バスケットを売るというオペレーションを行わなければならない。サヤ取りである以上、タイミングをずらして…とかではなく、極力同時にそれを執行して、「サヤ」を取れないとなかなかポジションを取りにはいきづらい。
つまり先物を買うときにはASK(売り)の価格で買い、現物バスケットは成行もしくは、BID(買い)の価格で売るのが最も瞬時かつ同時に執行できるリスクの少ないやり方だ。
そのASK・BIDスプレッドはいうほど小さくはないコスト。もちろん有利な価格の方で持つとかも出来るだろうし、昔から執行コストを下げるために様々なやり方をしてきた。しかも、今はシステム的にもある程度制御されて高速にコントロールされているだろう(特に外資系証券などであれば)。それでもね、指数構成バスケット全銘柄の執行コストは軽視できるものじゃない。
また取引参加者であれば、執行コスト(場口銭)はかなり安いと思うけれど、それでもゼロじゃない。その辺も考慮した場合、よほど場中に急激な下落が生じて、ヘッジニーズから先物売りがバンバン出て、逆ザヤがかなり広がっている状態じゃなければ、兆円規模の裁定売りが積もるほどのザラ場の下落は起きていないと思う(下げの勢いを止めてしまう日銀の存在もあるしね)。
あとは「金利」。
多くの場合、理論価格はLIBORなり指標金利をベースに計算される。あくまでも指標だ。上記の式でいうところの「金利コスト」がマイナスになっているため、原資産価格(日経平均株価)から金利も配当も差し引く状態になってる(理論価格が原資産より安い=理論スプレッドがマイナス)。
でも実際に裁定業者が資金調達するときに、その資金をマイナス金利で借り入れられるか?仮に、裁定ポジション持つために100億円を借りて(買いの場合)、その借入からマイナス金利分の収入が得られてはじめて理論価格通りに判断し、オペレーションを執行できる。もしその調達金利が指標金利並みのマイナス金利で借り入れ出来ないのであれば、金利コスト分のマイナスはなくなる可能性もある。実務上の調達金利と、指標金利の差も考慮する必要がある。
理論価格自体はおおむね上記の計算で算出されていると思うけれど、実務においてはもう一点考えないといけないコストがある。
株券を借りて空売りで現物株バスケットを売る場合、「貸株料」が発生する可能性もある。裁定売りの場合のコストだ。ただで貸してくれるならともかく、もし貸株料払ってバスケットキャリーするなら、結構なコストになるはずだ。おそらくはそれがないか、限りなく最小化できているから裁定売りがこれだけ積みあがるのだろうけれど、どうやって「株券」を低コストで借り入れているのか(後述)。
裁定取引が高速化・システム化され、市場が効率的になればなるほど、「サヤ取り」によって収益を得ることは難しくなっていった。結果として、資金調達コストの高い中小証券は軒並み撤退し、外資系証券や大手・銀行系証券に限られるようになっていった。裁定取引がサヤ取りによって得られる収益性の低下だ。しかし、裁定買い残を保有することで、その株券をヘッジファンドなどの空売りを行う主体(多くのヘッジファンドの場合、ロングショートなどでポートフォリオ全体はバランスされている。「空売り=売り仕掛け」みたいな決めつけはやめてくださいね)に向けて、貸し株に回すことで「貸株料」という収入を得ることが出来た。裁定売りの場合は、逆に株を借りなければならない。本来なら貸株料を払う側となる。それはこの小さなサヤの世界においては、大きな違いだ。
「配当」については、そもそも理論価格の計算式に含まれたうえで推移しているから、裁定売りのポジションから配当を支払っても、まぁ理論通りといえば理論通り。
そして何よりも「貸株」の問題。
裁定売りを行うためには、株券をどこかで調達しなければならない。
「制度信用」などではないことは、その残高推移を見ても明白だろう。
でも、どこかに株券の貸し手(レンダー)がいなければ、裁定売りのオペレーションは成り立たない。
マザーズ先物なんか典型的だけれど、株券調達できなければ「空売り」は出来ない。裁定売りということは、構成銘柄(もしくは連動するポートフォリオを構成するのに十分な銘柄および株数)を借りなければならない。マザーズ指数構成銘柄なんかは、銘柄によっては株券を借りることが困難だから、裁定売り(先物買いの現物売り)が入りにくい。結果として、理論価格からの逆ザヤ乖離は生じやすく、修正もされにくい側面がある。
裁定売り残の兆円規模の株券をどうやって調達しているのか?
特に一部の解説者が見ているようにTOPIX型も相当含まれているのは同意だ。
となると借株しづらい銘柄も多少は含まれているはずだ。
その辺、あんまり掘り下げるのはよくない気がするので、この辺で…(^^;
先日のブログで書いたプログラム売買報告の業者の偏りや株数の多い日と、日銀ETF買い入れのタイミングという符号。
2015年以降のETF残高の急激な拡大。この急激な拡大にどうやって対応していったのか。
ETFはその裏付けとして、現物株のバスケットが必要になる。ETF組成する側の立場に立って考えれば、指数構成銘柄を市場でバラバラと買い集めるのではなく、トラッキングエラーの生じにくい形でバスケットを、価格変動の影響を受けにくいタイミングで得たいと考えるだろう。
公表されているデータや市場の状況を分析すれば、それなりに納得できる解は限られる。
正直言うと「なんで今さら…」な話。
裁定売り残が過去に例のない水準に達したから話題になったのだろうけれど、見るべきなのは、指数が上昇しても裁定買い残が減っていく状況が発生していた時期からだ(明確になってきたのは2015年頃から)。それまでは指数の上下と裁定買い残の増減はある程度の相関性を保っていた。それが失われた背景。そこを見るべきだと思う。おそらくその要因は売り残の増加と同根。
裁定残高については、恐らくは特殊要因によって生じている面がかなりのウェイトを占める。
だから2015年前までの、株価指数と相関性が認められた時代の常識をもって、現在の裁定売り残を語ること自体が間違えていると自分は考えている。
あくまでもこれらは市場で公表されているデータを元に自分なりに推論づけた考察に過ぎず、事実を取材したり、情報を得たうえで行っている記事ではないことを予めご了承ください。
またこの状況が、「今後の相場でどういった変動の要因や影響を与えるのか?」については、無責任なこと言いたくないので、ご自身で想像してください。