【ライフ】Team Day(写真アップ)
毎朝のように出勤時に立ち寄るスタバ。
店員さんが、とってもフレンドリーでオーダー内容もすっかり覚えてくれている。
Officeでネスプレッソで美味しいコーヒー淹れられるし、それでいいんじゃないかと思いながらも、そんなコミュニケーションも嬉しかったりでつい立ち寄ってしまう。
今日はTeam Day(今、勝手にそう呼んだ)。
特にそういう日を決めているわけではないけれど、月に一回ランチを共にしている。
いつも掃除に来てくれているおばちゃん(関西だとそっちの方が愛着あんだよね?)が、料理をしてきてくれて、ミーティングルームでみんなで食べる。
それがまたムッチャ美味しい♪
いつの間にやら、ローカルのスタッフが発案してくれて、そんな流れが出来上がっていたらしい。
日本だと、そんなことやろうぜって人なかなかいないし、ローカルのスタッフの存在がいい雰囲気を作ってくれています。
多様な人が増えていくことでカルチャーに変化を与えてくれる。
嬉しいことですね。
今日はたまたまタイミングが合って、夜はウチのコンドミニアムでみんなでホームパーティ。
丸一日、チームのみんなと過ごします。
独りシンガポールライフ状態の、退屈しがちなおっちゃんには、とってもありがたい一日になりそうです(笑)
【トレード】知識の大切さ
マーケット相手の仕事。
【ビジネス】懐かしい時間
【ビジネス】シンガポールの休日
今日はシンガポールの休日。
でも日本は通常営業。
こういう日は、オフィスビルの空調が止まるんです。
会社によってはオフィス独自の空調に百万単位でお金をかけて入れているところもあるようですが…ウチは残念ながら(T_T)
ということでボワーッとした暑さを感じながら、仕事とお勉強をしています。
ちょっと根詰めていたら眠くなってきたので、気分転換(^_^;)
テーブルファン買っておいてよかった…。
【トレード】一言物申す
運用の世界で成長し、成功し、長く生き残る運用者になりたいのであれば、「運」だけではどうにもならない。
たまたまいい相場で稼げた人が、数年後には消えているなんてことも沢山見てきた。
相場のおかげで稼げたのと、自分の運用者としての力量を履き違えてしまうとそうなる。
一方で、難しい相場をしっかり乗り越えてきた人は長く続けている人も少なくない。
相場は色んな表情を見せる。
静かな凪のような時もあれば
嵐のように乱暴な時もある
稼ぎやすいマーケットもあれば
稼ぎにくいマーケットもある
あるストラテジーが機能する相場もあれば
それが機能しなくなる相場もある
様々な相場環境や相場の変化を乗り越えていかなければいけない。
どんなに成功した運用者であっても、十年先、二十年先も稼ぎ続けられるかどうかは「?」だ。
自分も二十数年運用をしてきたけれど、今ではその実績も所詮は過去のもの。
自分は現役を離れ、選手から監督(もしくはGM?)のような立場に変わった。
それは自分の経験を活かして、後輩達のために道を切り拓いたり、彼らがのびのびと運用できる環境を作ってあげる側にいた方が「役に立てる」と自分で思ったから。
それは一方で、運用者として、過去の自分の最高益を超える自信や、それを実現するために様々なものを切り捨てても運用に集中する覚悟がなかったからかもしれない。
中途半端に運用にしがみつくぐらいなら、少しでも会社や周囲の人々、業界にとって役に立てる自分であるべきだと思って現役を離れる決断をした。
そしてそれに後悔はない。
給料をもらうってことは、人(会社)の役に立ってはじめて正当化される。
ディーラーという仕事を続けるならば、一定以上の収益を上げ続けなければいけない。
そしてそれを続けるためには、常に自分をブラッシュアップしていく必要があるし、マーケットの変化に適応させていく必要がある。
多くの人が過去の成功体験を引きずり、自分を変化させることが難しくなって、気がついてみたら過去のようには稼げなくなる。
自分だってその一人だと思う。
「過去に月に億単位の収益を上げた」
そんなの何人もいたしね。
それこそ自分たちの世代は月に1千万上げてようやく一人前と言ってもらえた世代なんだから。
確かにそれなりの位置にまでいったかもしれないけど、常に自分よりすごい運用者を見てきた。
どちらかというと上しか見ないで自分にプレッシャーかけ続けてきた。
それに現役世代が今のマーケット環境、リスク許容度の中で月に数千万稼いでいる方がよっぽどすごいと思う。
本の話が来たとき、正直最初は断ろうと思った。
過去の運用者が何か書いたところで…と思ったりもしたから。
マーケット環境は変わったし、当時使えた手法やらを語ってみたところで、今のマーケットでどんだけ通用するもんだかって自分で思っていたし(笑)
でも変わらないものもある。
特に「入社一年目、二年目のような若い世代に伝えたいこと」を書いてくれと言われた一言が腰の重い自分をその気にさせてくれた。
基本的なことや、大事にしてほしいこと、マーケットと向き合っているうちに疎かにしがちなことって、やっぱり昔と変わらないものもあるから。
そんなおじさんが、そんな世代にちょっと一言物申したい(笑)
勝負の世界で稼げるようになりたいと思って、きっとこの世界に挑戦してきたんだろ?
でもな、実績も知識も経験も、全てが足りていない状況で簡単に稼げるようになるほどこの世界は甘くないよ。
だから必死にならなきゃ。
結果も出せていない。
努力も中途半端。
それでも給料もらって、リスクも取らせてもらって、損も出してる。
それっていつまでも続けられるもんじゃないし、そんなつまんない状態をいつまでも続けたくもないだろ?
稼げるようになるために何が足りないのか?
それは自分自身の中にあるよ。
それを必死に探して、足りないものを身に着け、成長し、経験しながら強くなる。
相場と真摯に向きあい、必死に全力で取り組み続けてはじめて見えてくるものがある。
相場は恐ろしいほどに平等だよ。
エリートであろうが、そうでなかろうが、平等だ(人為的な不公平はちょっとあるけど(笑))。
どんなにいい大学出ていようが、それでなんとかなるもんじゃない。
一方で、エリートでもなく、単なる落ちこぼれだった自分がそれなりのディーラーになれた。
それはこの仕事が大好きで、マーケットが大好きで、だから懸命に真摯に向きあい続けてこれたから。
昔と違って、この仕事を望んでも、そのチャンスをつかみ取れる人は少ない。
ディーラーという職種自体が大幅にシュリンクしているんだから。
クビになってもどっかが拾ってくれた時代とは違う。
生き残り、成功を勝ち取らなければ次はないと思った方がいい。
せっかく望んで掴んだチャンス。
半端なマネだけはすんなよ。
結果としてダメでもいい。
マイナスで終わったとしても、それが自分なりに必死にやりきったと胸を張れる形であるなら、それでいいよ。
全員が勝てるようになる仕事ではないから。
どんなに懸命になったとしても、結果が出るかどうかは分からない。
でも、どんなに可能性があったとしても、それを活かすために懸命になれなきゃ、その可能性は最大化できない。
自分の未来のために、全力を尽くしてほしい。
その可能性をどぶに捨てるような時間の過ごし方はしないでほしい。
そしてこの道を諦める時がきても、つまらない後悔だけはしてほしくない。
うまくいかないことを人のせいや環境のせい、市場のせいにしても、それは何の意味も持たない。
自分よりうまくいっている人を妬んだりしている暇があったら、それを素直に認めて敬意を払ったうえで学び、自分の成長の糧にした方がよっぽど意味がある。
怒ってくれる先輩がいるなら、それはありがたいこと。
まだその可能性を諦めてないからこそ怒ってくれる。
もうこいつ無理だなと思ったら、きっと誰もかまってすらくれなくなる。
だってみんなそれぞれが必死に相場と向き合い、戦っているんだから。
とにかく悔いを残さないように。
限りのある残された時間を全力で相場と向き合って欲しい。
そしてその苦境を乗り越えて、結果を出せるようになってからが、ようやくスタートライン。
運用者として、その道を歩き続ける限り、常に自分と向き合い、相場と向き合い、ブラッシュアップし続けていかなければならないのだから。
あ、一言どころじゃなかったな(^^;
【ビジネス】人とのつながり
今週は飲みが続いています。
普段はあまり飲みに出歩く方でもないんですが(最近は…)、先月の東京出張以来、週末を除きほぼ誰かと飲んでる(^_^;)
しかも、最近は初めてお会いする方も沢山。
昨晩も数名の飲みではありましたが、すごく楽しく、またエキサイティングな出会いがありました。
ディーラー畑をずっと歩いてきた。
普通なら自分の世界で終わってしまってもおかしくはない仕事。
マーケットが相手の仕事だし、会社との関係、同僚との関係ぐらいが良好であれば、それでいいとも思える仕事。
でもマーケットフォーラムとか、業界交流や振興を目的としたNPOを有志と立ち上げたり、色んなことをやってきた。
そのおかげで取引所やベンダーさん、当局など、様々な立場の方とのつながりが出来た。
「そういえばなんでそんなことやろうと思ったんだろう?」
ふと思う。
根底にあるのは、自分が若手の頃に沢山苦しい思いをしたからかもしれない。
それなりに努力もし、結果も残していても、まだ枠も小さく、実績も十分ではなかった自分。
上司の思惑や都合に振り回されて、自分の未来を左右されかけたことが何度もあった。
そして山一ショック。系列地場だった自分が所属していた会社。存続が危ぶまれる瞬間があった。
そのときはまだチームの中では若造で、下から数えた方が早い自分。
「○○さんの部下、○○さんの後輩」
でしかなかった。
ポジション枠も小さく、利回りは上がっていたとしても、利益額でばかり評価されるこの業界では自身の実績だけで転職なんてできるのかどうか?
1990年代はそんな苦労も沢山してきた。
でも、そういった経験がその後の自分の行動につながったのかもしれない。
「業界でトップクラスの実力と実績を身につける」
「自分自身のネットワークや人とのつながりを作っていく」
それを強く意識したのが20歳代後半の頃だったろうか。
そして「ディーラーズ・ミーティング」と称した飲み会を開くようになった。
それがマーケットフォーラムの前身となる飲み会にもなった。
30歳前後である程度の実績を持ち、その会社でトップと評価されるようになった頃。
でもそこは決して強いディーリング部ではなかった。
その中でどんなに評価されたとしても、ディーラーズ・ミーティングを通じて知り合った他社のディーラー達にはもっとすごい人たちが何人もいた。
「井の中の蛙」にはなりたくない。
積極的に、自分よりすごいと思う人と付き合い、そういった人たちから刺激やプレッシャーを沢山もらって、もっと自分を高めていきたい。
それが二度目の転職の動機にもなった。
そんな風に感じられたのも、そういった交流を持てていたから。
自分がディーラーとして成長できたのも、そういった縁が自分に様々なものを与えてくれたからだと思う。
それがいつしか自分の後輩たちや若い世代に、人との繋がりを広げてもらい、視野を広げてもらいたいという思いに変化していった。若い時期に多くのものを見て、様々な立場にいる人と触れて、より大きな視点で成長して欲しいと考えるようになった。
自分の立場や年齢の変化によるものなんだろう。
少なからずその考え方は受け入れてもらえないこともあった。
そういう場を設けることが、人材の流動化につながるとして、他の会社の人間と関わらせないという方針を打ち出す会社もあったし、批判もされた。
でも若い人材を狭い世界に閉じ込めてしまうことは、彼らの持つ可能性を奪ってしまうことにもなりかねないと思う。
若い自分が、外部との人との繋がりから沢山のものを得られたように、そういった繋がりが彼らの成長につながることが必ずあるはずだと思うから。
日本に閉じ込めるのではなく、積極的に世界を見て、広い視野で沢山の刺激を受けながら成長したら、きっとまだまだ日本人の可能性って沢山あると思うから。
最近は、また新しい分野の人たちとの繋がりがどんどん増えている。
30歳前後の頃、色んな人に会ってネットワークを広げていった頃に負けないぐらいの勢いで、また別の世界の人たちとの交流が増えている。
昨晩も刺激をもらえるような素晴らしい出会いがあった。
人との繋がりで傷ついたりすることもあるけれど、それでも誠実に向き合っていれば、ちゃんと信頼できる人がこうやって一人また一人と増えていく。
それが自分の財産にもなるし、成長の糧にもなる。
「しがないディーラー」に過ぎない自分だけど、こんな風に沢山の人に出会えていることに感謝ですね。
【趣味】ダイビング









【ビジネス】お勉強
【マーケット】外資系証券のポジション
先日、某ネット証券さん主催の個人投資家向けセミナーでお話する機会をいただいた。
たまたま本が出て、
たまたま東京にいたので、
せっかくだからといただいた機会だったんだけど。
色んな質問をいただいた中で、「某外資系証券の売りポジションは、あるメディアとつるんだ仕掛け的な売りポジションではないか?」といった趣旨のご質問をいただいた。
先物ではまだ手口が見えるので、それが様々な憶測や誤解を招いていることが多いようなので、業界関係者なら分かりきったことかもしれないけれど、ちょっと書いてみようと思う。
日系証券会社(特に中小地場証券)では、自己売買部門のことを「ディーリング」、その業務を行う人のことを「ディーラー」と呼ぶ。
外資系証券会社や大手・銀行系証券会社では「プロップ・トレーディング」、その業務を行う人のことを「プロップ・トレーダー」と呼ぶ。
どちらもやることは基本的に同じ。会社の資金を使って、マーケットでリスクを取り、収益を上げることが仕事の内容になる。「自分の判断で相場張って儲けなさい」っていうお仕事。規模は正直全然違うけれど。2000年代、外資系でも活発にプロップによる取引が行われていた頃、彼らと話していると運用額の違いには圧倒されたものだ。一方で、「成功報酬率の高さ」では我々中小地場証券が圧倒していたけど(笑)
※外資系プロップのほとんどは自分が知る限り一桁台。中小地場証券は40%程度になっていた。
かつてはそれぞれの会社で自己取引は活発に行われていた。
外資系証券のプロップ・トレーダー出身の人が、ヘッジファンドを立ち上げる動きなんかも活発にあった。
※当時、「トゥー・トゥエンティ(マネジメントフィー2%、パフォーマンスフィー20%)」であったヘッジファンドの成功報酬率は、外資系プロップにとっては魅力的であり、大きな運用額を回すことに長けている彼らは投資家のニーズにもマッチした。一方で、中小地場証券ディーラーにとっては、そんな大きな運用額を回した経験もないし、報酬率も大幅に下がるため、ごく一部の人(地場の枠では収まりきらなくなったような人)しかチャレンジしなかった。
2008年。
リーマン・ショックが起きる。
色んな大手外資系金融機関が危機に陥った。
AIGは政府管理下に置かれ、メリルリンチもバンク・オブ・アメリカに救済的な買収を受ける(現在はBank of America Merrill Lynch)。
モルガンスタンレーでさえ、三菱UFJ銀行からの支援・出資を仰ぐ事態に陥った(現在、モルガンスタンレーMUFG証券、三菱UFJモルガンスタンレー証券などとややこしくなった経緯)。
並みいる国際的な大手金融機関が危機に陥ったことから、金融機関への規制強化の動きが強まった。
そしてドット・フランク法(ボルカールール)が制定される。
https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ho/volcker.html
この「銀行が自らの資金(自己勘定)で自社の運用資産の効率を図るためにリスクを取って、金融商品を購入・売却また取得・処分をする事を禁止する。」規制によって、外資系証券や国際的な業務を行う金融機関は、自己勘定による取引を大きく制限されることとなった。
結果、外資系証券ではほぼすべてで「プロップ・トレーディング」は廃止されるか、ヘッジファンド化して外部化されていく。
現在、少なくとも表向きは「プロップ」はほぼゼロという状況になっており、「ファシリテーション・トレーディング」がほとんどという状況になっている。
ちなみにファシリテーション・トレーディングとは、顧客のために行う取引を意味する。
なので外資系証券の先物の売り手口が目立ったとしても、その会社が自己勘定で投機的目的を持ってポジションを取っていることはまずありえない。
その裏にいる顧客(ヘッジファンドやCTA、または機関投資家)が実際のポジションの主であると考えるべきだ。
確か2013年末だったと思うけど、株価が大きく上げていったときにブレバンハワードとか、グロ-バルな巨大ファンドの動きが注目されたこともあった。まぁ運用資産額が兆円規模になるグローバル・マクロ・ファンドが本気で動けば、マーケットにはかなり大きな影響が出ることは当たり前といえば当たり前のことなんだけれど。
ただその顧客も複数の証券会社をブローカーとして使い分けている場合が多く、昔と違って手口が読みづらくなっていることも知っておいた方がいい。「手口」が持つ意味はかつてに比べればだいぶ小さくなってきている。
一方で、
経験も、お金もない若い世代が運用の世界にチャレンジしたいと思っても、昔と違ってそれをやらせてくれる場所(自己売買部門)が極端に少なくなっているのが現状だ。
運用者の平均年齢も上がる一方だったと思う。
本来ならば、ドット・フランク法の影響を受けないような我々中小地場証券といったところが、そういった役割を担ってもいいはずなのだけれど、残念ながら我々の業界も大幅にシュリンクし続けてきたのが2010年以降の流れだ。
投資家のお金を預かっているファンドでは、なかなか未経験者に経験としてリスクを取らせることは困難だ。
個人が運用の世界で目指すものは、「個人投資家として成功すること」が主となってしまっている。
自分としては、なんとかその流れに抗い、若い世代がプロの運用者として育つ環境を作ること、そしてその未来を切り拓くことに取り組んでいきたいと思っている。
新しい世代の運用者達が次々と生まれ、いずれ世界で通用するような運用者が日本から生まれたら、それはとてもエキサイティングなことだと思う。
自分にはその畑を耕すことぐらいしかしてやれないけれど。
ちょっと話が逸れちゃったけど、自己売買部門の取引はそういった状況にある。
だから米系大手証券の売り手口が目立ったからといって、その証券会社が自己ポジションで売り仕掛けているわけじゃないんです。