その頃、育成プロジェクトも動き始めた。
ただ社内採用はなかなか思うようにいかず、中途採用に限ってのスタート。
ディーリング部長、人事部長に加え、自分と『彼』で面接をしていった。
全部で十数名は面接したかな。
自分が重視していたのは単純に『やる気』。
半端なヤツでは困る。
ディーラーのイメージを就業時間短くて、うまくいけばエラク稼げる…程度の意識で見ているヤツも少なくなかったから。
どちらかといえば圧迫面接系だったかも…(と後々部下に言われた(^_^;))
質問もなんてゆーか、答えづらい質問が多かったと…。
まぁ…色んなヤツがいた。
面接のときは自分の方が厳しいこと言っていたけど、『彼』のメモをチラッとみると『論理的思考能力ナシ』とか、結構キツイこと書いてたな(笑)
採用したのは引きこもりのB君とまだ20歳ソコソコのヤンチャなK君。
B君はあまりディーラーとしてセンスで勝負するようなタイプではない。決断力とか、臨機応変に対応する器用さとかは感じられなかったが、根気よく努力することは出来そうだったから。
K君は若かったが、要領は良さそうだし、ガッツもありそう。若干、屈折してる感はあったが…ま、若いウチはね(^_^;)
で、その二人の採用も決まり、育成プロジェクトが始動した頃…。
『R』は正念場の3ヶ月目を迎えていた。
最初は約束通り慎重に売買をしてくれていた。
金額も落とし、コツコツと…。
何日かが過ぎたとき、『R』がコツコツと積み上げた利益を飛ばしてしまった。そのときはまだ決めたルールの中でやっていたが、かなりテンパった表情をしていたから嫌な予感がして
『焦るなよ。月末にプラスで終われればいいんだから。』
と声をかけた…しかし、不安は的中した。
翌日の前場終わったとき。
『すいません。やっちゃいました。』
たいして動いていないマーケットだったが、1000万超の損失。
完全に熱くなって、動きのない中で大玉振り回してしまったようだ。
そして引け後に『R』は自分にたいして
『同じ契約であるあなたにポジションなどを制約されるのはおかしい。』
と言い始めた。
完全に自分を見失ってる…そう思ったが、本人は全く耳を貸さない。
会社に理解してもらうためにどれだけ自分が苦労したか…。
それまでも何度も『R』にたいして自分、『彼』、『R』の同期の友人…みなが心配し、焦るなと伝えようとしてきた。
それにも関わらず、その手を振り払おうとする『R』。
『自分という壁を取り払ったとき、会社がどういった判断をするか分からないぞ。それでもいいのか?』
と自分は聞いた。
『それでもいいです。自分は一人前の契約ディーラーとしてここにいるんだから。』
と彼は答えた。
思いが伝わらなかったこと…。
指導しきれなかったこと…。
可能性があると信じていたヤツがこのままつぶれていくこと…。
色んな思いが錯綜して、気づいたら自分の目からは涙がこぼれていた。
その後、部長に謝りにいき、その旨を報告した。
会社側の動きは早かった。
すぐに本人は人事部長と面談することになり、月内の解雇もありえると通告されたようだ。
そして事件は起こった。
その日の引け後。
まだ15時過ぎ。先物ディーラーである自分はまだ勝負が続いていた。
225先物を200枚ロング。
隣に座っていた『R』が
『すいません、お話があるんですけど。』
『何?』
相場に苛立ち、ポジション抱えている中、声をかけてきた『R』に苛立ち、そして前日の『R』の言ったことに愛想がつきていた自分。
もういいやとばかりに先物200枚叩き売ってから
『何?』
ともう一度聞いた。
『自分はあなたを慕ってこの会社に来たのだから、最後まであなたにみてほしい。』
昨日とは全く逆のことを言い出した。
テンパって、熱くなって、自分を見失い…『R』を思いやり、守ろうとする手を振りほどいた…にも関わらず、いざ解雇の話が出て現実を思い知らされたのだろう。
そして自分はキレた…。
気づいてみれば机を蹴っ飛ばし。
『R』を怒鳴りつけていた。
部長や本部長が間に入って収めようとするが、自分は
『黙っててください!』
とそれを押しのけ、
『甘ったれんな!』
と叫んでいた。
『R』は怯えた表情をしていた。
自分が自分より弱い立場の存在に対してキレたのは後にも先にもこの一度だけだ(仕事では…)。
すごくつらかった。
とても痛かった。
誰よりも期待し、誰よりも守りたいと思っていたヤツを自分が傷つけた。
夕方、『R』の同期だったヤツが飲み付き合ってくれた。
一人でいる気分じゃなかったし、コイツには救われたかな。
若手の自分がチーフと争い、決別したあのときに負けないぐらいツライ出来事だった。
『R』は優秀なヤツだった。
人間性もいい。素直な面もあるし、謙虚だし。
今でも年賀状のやり取りぐらいはしているけど、何かあれば力になってやりたいとも思う。
また道が違えば成功もする人材だと今でも信じているし、そう願っている。
ただ相場の中に入ると自分を見失う。
感情でトレードしてしまう。
勝負事には向かないタイプだったのだろう。
心は熱く、頭は冷静に。
相場で生き残るためには
『常に自分は間違いを犯す』
ということを知っておく必要がある。
相場で戦っていて、全勝するなんてのはまず不可能だ。
負けることがあってもいい(というより当たり前)。
大事なことは最終的に安定的に稼げていること。
そのためにはロスカットも大切だし、損を出したときに『何故間違えたのか』を客観的に理解する努力をしなければならない。
彼はそれが出来なかった。
やられたことに怒り、そのまま冷静さを取り戻さないまま、取り返したいという自分の都合でリスクを取りにいっていた。
自分がチーフから教わったことの一つに
『三つのC』
というのがある。
『Control』…コントロール。
自分が思うにコイツは一番重要。コントロールにもいろいろある。
『メンタル・コントロール』…精神的に自分をある程度コントロールする。自分を見失わないこと。
『ポジション・コントロール』…過剰なリスクを取らない。逆に過小なリスクでもダメ。自分が目指す収益(リターン)に対して適正なリスク量であるべき。また相場のボラティリティや流動性に対して、適正なリスク量にする必要もある。
『P&L・コントロール』…P&Lなんてコントロールできないというのは違う。儲かっているときと、ヤラれているときの戦い方は変える必要がある。儲かっているときはより積極的に。ヤラれているときはより保守的に。中にはヤラれているときほど大きなリスクを取るヤツがいる。これは完全に危険なプレーヤーだ。『損を一発で返して楽になりたい』から過剰なリスクを取る。明らかに自分の都合で相場に入っている。損が出ているということは、それだけ相場が見えていないのだから、そこを調整できるまでは慎重にやるべき。このコントロールが出来てようやく損益は安定的になっていく。
『Concentration』…集中
集中力を持続させること。相場は我々にとっては戦場。そこで気を抜いたり、雑な売買をすればそれは損失につながる。また誤発注のリスクにもつながる。
『Confidence』…自信
ここでいう自信というのは単なる度胸とか、自信過剰であることではない。自信というのはそれだけの努力や分析に基づいているからこそ生まれるもの。ニュースもチャートもロクに見ず、相場に対して思考停止状態で、ただ大きなリスクを取ることが自信ではない。
自分はどちらかといえば臆病なぐらいの方がディーラーには向いていると思う。怖いから調べる、分析する、考える。だから決断できる。
『相場は度胸』と単純に言い切るのは危険だ。『勇気(度胸)』は必要だが、裏付けのないまま、ただ大振りして勝ち続けられるほど相場の世界は甘くはないのだから。
自分は後輩たちに『自分を信じる=自信』。
そういられるために努力を惜しむなと言ってきた。
『R』のときの経験が、その後育成に対する自分の考え方に少なからず影響を与えたかもしれない。
人を育てること、特にディーラーを育てることは本当に難しい…。